見えているものしか見えない

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「Tabula Rasa」中盤くらいの二人。
たぶんくだらない話しかしてない。

 

 

彼らの名前を曝さない理由をちょこっと話そうと思います。

そんなに大層な話でもないんですが、お話の本質に関する事についてなので
一応ワンクッション入れておきます。

 

 

 

 

別に、物語上非常に大事だから公開してないわけでもないんですよね。
いやまぁ、ぶっちゃけまだイントロしかのせてないからってのもあるんですがね・・・

 

隠そうとしているわけではなくて、そもそもこの話を自分がどういう風に描きたいかって事に
関係があるわけでして。

 

ところで、これはあくまで自論なのですが、
私は、生き物には「客観的」に何かを行う事は不可能だと考えています。
いわゆる「主観的観念論」みたいな感じなんですが・・・。

簡単に言うと、「見えているものしか見えない」という事かな、と。

 

なぜこんな話をするのかといいますと、まず予定として、「Tabula Rasa」は2部構成で、
1部は女視点、2部は男視点で描きたいと考えております。
なのでどっが主人公とかでなくて二人ともが主人公です。
そして、「Tabula Rasa」の主人公二人はお互いにお互いに対して、
ほとんど興味がないという設定になっています。
(「見えているものしか見えない」というよりはどっちかというと「見たいものしか見てない」感じなんですが・・・。)
なのでお互いどこの誰だとかそういう事に積極的に興味を持っていないわけなんです。
わざわざ視点を二つに分けたのは、手っ取り早くこの二人の視野の違いとか狭さを読み手に認識させる為の
ひとつの手段かな、と思って本編に出てくるまで情報は曝さないという制限をつけてみたわけなのです。
あと、読み手の視点を強制的にキャラクターに寄せる(視点キャラの視点しか見えないようにする)事で
よりいっそう作品への没入感が出ないかなあという甘い考え・・・

 
正直自分の描き方でそこまでちゃんと表現できるかわからないんですが、まあ物は試しといいましょうか。
ぶっちゃけこのやり方だと盛大に読み手が置いてけぼりを食らうだろうなあとは思ってますけど←

 

そういうわけで、彼らのお名前はお互いに聞くまででてきません。
名前気になってた方には申し訳ない・・・
出てくるまで気長に待ってあげてください。

 

あと、ついでにタイトルの「Tabula Rasa」の意味を考えると多少何がしたいかわかる、かもしれないです。

 

 

ところで今更ながらの弁解ですが、
もちろん、客観的に物事を考える事自体が不毛であると言っているのではなく、
むしろ大事だと思っています。
でもそれは「私」が「私」であるが為に、客観視する対象にはなり得ない。
つまり、100%の理解は不可能であるからこそそう思うわけです。
言い訳みたいですが;

 

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