これからについて

どうもおひさしぶりです。
もうすっかり秋ですね。

 

今年も昨年同様コミティアとか行こうと思ってたんですが、私生活が忙しすぎて断念しました。

他人からするとそれほどでもないんでしょうが私にしたらとても忙しく、精神的にゆとりもなく体調も崩すわでふんだりけったりな状態がちょっと長続きしてましたもので。
ちなみに今は仕事の忙しさは変わらないものの、心身は落ち着いております。

 

てなわけで本題に入りますが、これからのことについて少しお話しておきたいと思います。

このブログをご覧になってる方は知っての通り、このブログ(元はサイトでしたが)、更新がほぼない状態です。
まあ元々私自身結構筆不精こともあり、なかなか定期的に記録をつける癖がないのも大きな原因なんですが。

そもそもそんな自分が何で自分がサイト始めたかというと、興味本位と周囲の後押しがあったからなのです。
先に断っておきますと、別に現状を人のせいにしたいわけでないです。

どうも自分はなんらかの目的や意志がなければ物事を完遂することができない性格のようで、ようは義務と責任がなければ何にもできないダメ人間なわけです。いまさらですが。

なのでむしろ人様に進められたからというような意志薄弱な状態で物事を始めてしまった自分に問題があったと認識しております。
で、この現状を前にして、このまま知らん顔をしているわけにはいかないだろうとようやく重い腰を上げたわけであります。
まあそう思うならもっと早くにしろよという話なんですが、言い訳すると忙しかったので・・・。

正直ちょっと精神的にしんどかった時は創作活動すらしたくなかったこともあり、一旦全部やめてしまおうかとも考えました。
そうすれば精神的にも楽だし、何にも負い目を感じることなく私生活を送れますし。
ですが、そうしてしまったらおそらく不精者の自分は二度と再開しない可能性があります。
創作することの喜びや楽しみ。あくまで自己満足の範囲ですが、これらを子供の頃から知っているので、完全に心から嫌いになることはありえません。
あと、人との繋がりを再認識する出来事があり、創作を通じて出会った方々との縁をここで切ってしまうのはとても惜しいと思いました。
なのでこの場所はこのまま残しておくことにしました。
もちろん可能な限り顔を出す予定にしていますが、如何せん先述の通り、今もなお忙しい現状が続いているので正直どこまでできるかは謎ですが・・・。

それともうひとつ、私は自分に課題を出すことが必要だと思うので、ここにて宣言します。

 

来年秋の関西か東京のどちらかのコミティアで本を出します。

 

大事なことなのでもう一度言います。

 

本だします。

 

何で来年の秋かというと、全くやったことないことを始めるうえ、何を描くかすら一切決めてない状態なので恐らく次の冬と春には間に合わないだろうということと、夏は毎年バテてるので体調的に無理だろうという判断です。

来年のことを言うと鬼が笑うそうですが、笑いたいやつには笑わせておけばいいのです。
笑われてでもやらなければ私は何一つ変わらないでしょうしね。

これからできることを少しずつ始めていこうと思います。

もしもこれを読んで少しでも楽しみにしてくださる方がいるのであれば、喜ばしいことです。
どうぞ暖かい目でそっと見守ってくださればと思います。

 

お知らせとしては以上です。
長文失礼しました。

 

 

 

 

以下、ここ最近にあった私事についての記述です。
私が繋がりについて再認識した面白くも、楽しくもない、薄暗い話。

自分の気持ちの整理と戒めとして記録したいのと、あと恐らくほんのちょっと同情を買いたいだけの記録であり、人が読む事を前提としない文字の羅列が続きます。

読まなくても支障はありません。読んでつまらなかったり、嫌な気持ちになっても責任は取れません。
あくまで私事です。

 

 

 

職場に新しい人が入ったと思ったらすぐやめる。
皆自分の仕事が忙しいので新人が来ても親身になって教える人がいない。
職種は違うが仕方なく私が教える。昔から多少認識しているが、放っておけない性分らしい。

とんでもない非常識人間。教えても右から左に情報が抜ける。同じ事を繰り返して教える。苦痛。
我慢してなお教える。分からないことがあればいつでも聞きにきたらよいと更に自分の首を絞める。
本当にいつでもくる。私が自分の職務の為に人の話を集中して聞いているときもくる。話を聞き逃す。
ろくに仕事ができないので一緒に仕事をすると私が倍量の仕事をこなす。無理。自分の仕事が残る。

ある日突然こなくなる。びっくり。本当に非常識。意味分からん。

その人の変わりを含めて新たに4人雇われる。うち1人のみ同職種。他は別職種。
同職種の人の面倒を見るのはやはり私。性分なので仕方ない。頑張って熱心に教える。

まず1人目が翌日から来なくなる。体調の問題が理由。いろいろ突っ込みたいが仕方ない。
2人目が2週間程でこなくなる。上司にきつく当たられたのが理由。豆腐メンタルかお前は。
後に別部署に転属。後のことは知らない。
3人目が2ヶ月で退職。向いてないとの自己判断。何だか爽やかにやめていった。謎の人。
4人目同職種の人が3ヶ月で退職。家庭の事情。残念だが仕方ない。
熱心に教えたことを感謝された。少し救われる。
前にやめた2人は、自分のように熱心に教えてくれる人がいなかったのがつらかったと言っていたと聞かされる。
私は業務の引継ぎを行ってるのであって別に新人教育係ではない。でも私が懸命に教えていたらやめなかった可能性があったなら何かできることがあったかもしれない。心苦しいので心にとめておく。

同時期に業務を行ううえで基本的に相談をさせてもらっていた同職種の先輩が退職される旨を聞く。
相談相手がいなくなるのはつらいが、人員が減ることを考えて業務の割り振りを全て検討しなおす。仕事が増える。

新たに3人やってくる。うち1人のみ別職種で残りは同職種。
以前言われたことが頭に残ってたのでとりあえず午前は自分の業務を行い、午後は基本的に付きっ切りで業務引継ぎ。
自分の仕事がおろそかになり、残業増える。課長に残業の多さについて指摘される。
どうにかできるならどうにかしてる。どこの誰が好き好んで残業するのか。

新人にはすぐにたくさん業務を割り振れないので、簡単な仕事から少しずつ。手持ちの仕事量が減らない。
残業継続。同僚、部署が変わった上司からやたら心配される。顔が疲れているらしい。自分ではわからない。体力はあるほう。
と、思ってたがなんか風邪ひいたっぽい。急に明け方冷えるようになったから仕方ない。鼻水とまんね。
普段ほぼ使わない分ティッシュの消費量やばい。

 

夜中に一通メール。寝ていたので気づかず起きて一番に読む。

 

大学時代のサークルの後輩の訃報。

葬式は二日後らしい。仕事だが、夏休みの残がかなりある。いつも頑張って働いているからここだけは休ませてもらおう。
係長に夏休みをとらせてほしい旨を伝えると快く了承してくれた。普段頑張っている甲斐があったよう。
とにかく動いていないと感情の波が押し寄せてきそうだったので堪えつつなんとか一日の業務終了。
この日ばかりは最低限の残業のみにとどめ、急いで帰宅。式の準備。

翌日京都へ。

式場最寄り駅到着。
亡くなった後輩の同期たち。その中に同じく後輩であり、亡くなった後輩の彼女がいる。
大学時代、まじめな性格なあまり精神疾患を患っていたのでどうしているかすごく心配だった。

生きている。よかった。何も声がかけられない。かける言葉が見つからない。先輩今はどちらに?の問いに私は今地元ににいるよとそれだけ。

 

実感がない。なかった。

式場について、祭壇に飾られた彼の写真を見て、初めて気がついた。
彼は死に、あの棺の中にいると。

なぜと問いが尽きない。

彼の母親が挨拶に来てくれた。大学時代のサークルの仲間であると伝える。声が震える。
初めてお会いしたが、彼は母親似だ。

 

焼香が終わり、告別式。
準備の最中にそれまで気丈に振舞っていた彼の母が泣き叫び始めた。
蓋の開いた棺にすがりつき、大声で彼の名前を呼んだ。

 

帰ってきてくれてありがとう

幸せだったよ

聞こえてるの?

 

会場を振るわせるような大きな声で。
それだけ叫んでも、彼には聞こえない。もう聞こえない。
君を愛した家族の声も、彼女の声も、何もかも。

 

花を手渡され、棺に入れるために近づく。

顔を見た。合宿で見覚えがあるのん気な寝顔だった。私の角度からは口元が少し笑ってるように見えた。
それ以上は見れなかった。

 

家族の話を聞く限り、自殺のようだ。
私の知る限り彼はのん気でひょうきんで調子がよくてまじめだけどだらしのない、素直ないい人間。
そのようなことをする人間ではなかった。
そのようなことをする人間ではないが同じように死んだ人間は2人目だ。

高校生のときの同級生だった部長も二十歳を前にして自ら命を絶った。
私の幼馴染でもある彼女を遺して。

彼女達は愛おしそうに遺体にくちづける。目の奥が痛い。

 

冗談じゃない。

なぜ平然と置いていける。意味がわからない。理解に苦しむ。

冗談じゃない。

なぜ皆死ぬんだ。なぜ皆自分で死ぬんだ。なぜ置いていくんだ。なぜ何も言わない。なぜ苦しいといわない。

お前が苦しんでいると知れば、皆黙ってない。必ず手をかしただろうに。お前はそれほどに愛されていたのに。

わからない全くもってわからない。

二度目だというのに何の成長もしておらず、なんの役にも立たず、何の抑止力にもならず、いまだわけが分かっていない自分が一番分からない。

 

式の後、先輩がつぶやく。

 

定期的に連絡をとって、皆で集まろう。そうしないとだめだ。
その通りだ。私も賛同。

 

大学生の頃、何かと世話焼きでお節介な私の事を彼を含めてみんなお母さんのようだといわれていた。
自分ではそんなつもりはなかったが、悪い気はしていなかった。母親のように頼りになるなら、誇らしい。
彼は冗談で私にクッキーをくれた。5月の第2日曜日。今でも覚えている。

 

先輩、今日は母の日ですね!

 

差し出された大き目のクッキーのパッケージにはでかでかとおかあさんありがとうの文字。さすがに笑った。
恐らく彼のバイト先の商品だろう。わざわざ買ってきたらしい。ちょっとうれしかったので写真を撮って残している。

 

思い上がっていた。母親のように慕ってくれていると。
遠くに住んでいることは何の言い訳にもならない。

私は母親もどきにすらなれなかった。棺にすがりつく彼の母を思い出す。

 

翌日変わらず仕事。
風邪は治っていないが酷くない。でも体が動かない。
熱はないが倦怠感が酷く、まっすぐ歩けない。頭が重く、考えがまったくまとまらない。
異常に気づいた先輩に早退するよう言われる。係長にも諭されしぶしぶ早退。木曜日だったので翌日の休みも言い渡され、突然の連休を取る羽目に。

帰宅して熱を測るが平熱。しかし症状は同様。

布団に入って目を瞑ると、彼の母親の声が耳を突いて離れない。
泣きながら入眠。

 

眠れる。むしろ驚くほど眠れる。けど全く疲れが取れない。体は重たいまま。
寝ても寝ても寝たりない。目をつぶってじっとしてたら何度でも眠れる。

1人でいると何ども彼の母親の声が聞こえてくる。けど誰かといるのもしんどくて仕方がない。
風邪は治った。なので少し車買い物をしに出かけた。しんどくて仕方がない。
姉と友人とともに食事にでかけた。しんどくて仕方がない。
休日はほぼ寝て過ごしていた。

ようやく自分が心身ともに疲れきっていたことに気がついた。

 

連休明けて仕事復帰。職場の人に謝罪して通常業務。
しんどかったがなんとかこなせた。
それ以降なんだかんだで仕事を頑張っているうちに体調復活。今に至る。
仕事も原因のひとつだというのにおかしな話。そういう性分なんだろう。

 

彼の母親の声は二度と私の耳から消えないだろう。

どれだけ苦しんだ末の決断だろうが、全て投げ捨てて逝ってしまった彼らを許すこともも同情することも、優しくしてやることもできない私はやはり母親もどきにすらなれないのかもしれない。

なれなくていい。

明日あなたと笑いながら挨拶し合える約束さえあれば、それでいい。

 

一期一会ではない、これからも出会ったあなたとずっと、私の命が尽きるまでどうか。

 

おはよう、こんにちは、こんばんは

 

それではまた明日。

 

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